源義経(1991年日テレ)に思う

幼少時代から時代劇が大好きな私です。
小学校時代の好きな俳優は高橋英樹・里見浩太郎でございます。
写真の整理をしながら時代劇専門チャンネルを朝からつけっぱなし。

今日はすんごいいい番組が放送されておりました!釘付け!
「源義経」でございます!
義経役は角川映画で薬師丸ひろ子の相手役としてデビューした野村宏伸、
まあこれといって語るべき要素のない俳優ですけど(苦笑)
武蔵坊弁慶に里見浩太郎が起用されております。
ちなみに野村宏伸はこの数年後にも源義経を演じています。

源義経を扱うドラマや映画は数ありますが、人間ドラマとしては

・平家時代における源氏の不遇さ
・兄の源頼朝と義経の兄弟の確執
・主人である源義経と家来である武蔵坊弁慶の親子を超える強い絆
・奥州藤原一族と義経との浅からぬ繋がり
・静御前など義経をとりまく女性たち


などがポイントであり、物語の展開としましては

・平家時代における頼朝・義経兄弟の不遇(出会ってもない)
・五条橋での弁慶と義経の主従の出会い(←生涯の絆)
・打倒平家に立ち上がる兄・頼朝(平家の時代に終わりが・・)
・奥州藤原家を後ろ盾に兄・頼朝軍に参戦する義経(兄弟初のご対面)
・壇ノ浦で平家を倒し都に凱旋する義経(←ここが義経の人生の春)
・義経を遠ざけ追手を差し向ける兄・頼朝(←状況の急変)
・追われて奥州に落ち延びる義経(←理不尽な展開)
・途中の関所を大芝居で切り抜ける武蔵坊弁慶(←ここが安宅関)
・奥州で最後の半年を穏やかに暮らす義経(←嵐の前の静けさ)
・奥州藤原氏の裏切りで孤立化した義経(←恩ある藤原家と戦う気なし)
・最後まで義経を守り全身に矢を浴びながら立ったまま死ぬ弁慶(←名場面)
・義経は落ち延びて大陸に渡った・・・かも?という夢のシーン(←義経チンギスハン説)

こんな感じです。

時代劇はテレビドラマにせよ映画にせよ、ここだという名場面があり、
その名場面見たさにかじりついているということが多いです。
今回私が見たかったのは私の大好きな高橋英樹(特別出演)と里見浩太郎がガチで絡んだ

「安宅の関・弁慶勧進帳」の場面!!!

頼朝に冷たくされ、だんだんヤバい展開になってきた義経(野村宏伸)が、
昔なじみの藤原家を頼って奥州に落ち延びることになった・・・。
頼朝は関所に警備を張り巡らし、義経を捕まえようとしている。
途中の安宅関を通り抜けるため弁慶(里見る浩太郎)が
「われらは勧進の旅をする山伏です」・・・と嘘を言う。(今で言うところの募金ツアー)
そして、ありもしない勧進(募金の主旨や目的など)をのべたてまつる。これが「弁慶の勧進帳」のシーン。
その説明があまりにもすばらしいのでみんな感動し、納得して通そうとするのだが。。。。
「そいつは義経に似ている!」
と一行の若者が捕まる。(=もちろん義経本人です)
そこで弁慶が若者を激しく打ち、「お前のせいで疑いをかけられた」と殴り殺そうとする。(ふり)
関所の責任者である富樫泰家(特別出演・高橋英樹)が
「主人を打ち殺そうとする家来はいないだろう!」と止め、関所から一行を通す。
富樫は弁慶だけを関所の中の部屋に呼んで酒を酌み交わし、別れを告げて送り出す。
(富樫は分かっていたけど弁慶の思いに打たれて見逃したのでした)

その後義経は無事に奥州にたどりつき、しばし平和な日々を過ごす。
しかし自分を息子のように可愛がりいつも支援してくれていた奥州藤原家の当主がなくなると義経は後ろ盾を失い、裏切られて孤立する。そこに追っ手も迫ってきてどうしようもなくなる。
義経はこれまでの恩を仇では返せない、と藤原家とは戦わないと決める。

そこで名場面、「弁慶の立ち往生」ですよ!!

屋敷にこもって火を放ち、反対を押し切ってついてきた正妻・若と最期の時を迎える義経。
屋敷の前で命がけでこれを守る弁慶。(昔の武将は討ち果たされ首を取られるのは恥なのです。)
猛将弁慶に手出しできない追っ手は遠くから矢を雨のように放って弁慶はハリネズミのようになる。
「死んでも不動明王となってここで戦う!」と叫んで立ったまま息絶える弁慶。

「安宅」「勧進帳」の場面は能や歌舞伎を少しでかじっている人なら誰でも知っている。
能の演目『安宅』、歌舞伎の演目『勧進帳』がそれであります。

松本幸四郎の勧進帳は素晴らしい!!!!
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↑歌舞伎、という言葉でイメージするこの姿こそが義経を守って安宅の関を切り抜ける武蔵坊弁慶命がけの大芝居の様子なのですね!

国立能楽堂で演じられる「安宅」
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↑一応、内容としてはほぼ同じです。

日本人ならぜひとも、最低でもこの2場面は覚えておきたい!
歌舞伎の勧進帳と能の安宅は同じお話の場面なんですよね。
そして誰が弁慶を演じ、誰が富樫を演じ、誰が義経を演じるかということがとても大事だったりする。
歌舞伎では歴代の看板役者が生涯に一度は演じる代表作であります。


さておまけとして
文治5年閏4月30日(1189年6月15日) 享年31で義経がなくなったあと、義経を裏切って頼朝に売った藤原さんはどうなったのでしょう?
文治5年(1189年)9月3日、頼朝に通じて屈して義経の首を取った藤原家四代目当主藤原泰衡との「藤原家は安泰」との約束を、頼朝はあっさりと裏切り追っ手を放って殺害、栄華を誇った奥州藤原氏が滅亡してしまいました。

おい!たった三ヶ月かよ!

息子同然に義経を可愛がり、義経ある限り藤原家は安泰だ、と義経の天才的な才覚を愛した藤原秀衡(丹波哲郎)の「奥州17万騎を指揮できるのは義経だけ。どんなことがあっても義経を守りぬけ」との遺言は果たされず、「義経を失えばわが藤原家も終わり」という言葉通り、清衡・基衡・秀衡と三代に渡って繁栄した奥州の都はついに失われてしまったのでした。

奥州藤原氏は初代清衡33年間、2代基衡33年間、3代・秀衡33年間、約100年間の繁栄を誇りましたが4代泰衡が後をついですぐに滅びました。
戦いのない平和な世界を目指して独特の「浄土思想」で白河から青森までの東北全域を治めた藤原氏は歴史上にも類のない存在感があります。

あっあーーー。もう。
泰衡(岡本冨士太)のバカバカ!

と言いたい所ですが、どうでしょう、義経の生涯は本人の意思とは裏腹に平和や平穏とは無縁であり、いわば「修羅の人」であります。そんな義経を引き入れたことが藤原氏の「おわりのはじまり」だったようにも思えます。
だから本当に悪いのは岡本冨士太ではなく丹波哲郎(藤原秀衡)なのかな?



平家と源氏の盛衰、藤原四代の運命、彗星のように現れて短い生涯を終えた義経、天下を取ったのに生涯孤独であった頼朝などの姿はまさに松尾芭蕉が奥の細道の最終到着地点・平泉で詠んだ


「夏草や兵どもが夢の跡 (なつくさや つわものどもが ゆめのあと).」


ということになります。
歴史・文学・芸術はこのように密接に係わり合いを持っております。
時代劇を見倒して、見尽くして、深く掘り下げていきますと、限りなく歴史と文化のお勉強に近づいていってしまうのですね!
東北を代表する根本的な文化地として日本の歴史に深く関わっている平泉が世界遺産になったことにより、
「勧進帳」や安宅」を通して歌舞伎や能への関心もまたUPしているようです。
俳人句人も訪ねずにはいられなかった奥州平泉。私も大好きな場所です。




(事実上の主演)

武蔵坊弁慶:里見浩太朗

(源氏兄弟)
源義経:野村宏伸
源頼朝:榎木孝明

(義経を取り巻く女性)
静御前:安田成美
若ノ前(正妻):和久井映見
河越太郎(若の父):下川辰平

(奥州藤原家)
藤原秀衡(父同然):丹波哲郎
藤原泰衡:岡本富士太
藤原国衡:誠直也
藤原忠衡:鼓太郎

(名場面)安宅関
富樫泰家:高橋英樹※特別出演
安宅関所の責任者

(脇を固める重要な役柄)
後白河法皇:平幹二朗
常陸坊海尊:田村亮
土佐坊昌俊:竹中直人
うつぼ:有森也実
伊勢三郎:阿藤海
常盤御前:十朱幸代

本気で見ちゃったわ~!!!!



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by fraterkouhou | 2013-03-10 17:08 | TV・映画

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