12/25「チア★スポ」橘敏郎&山下学編(その6)後半戦!

ええと番組は12/25に放送されたのですが、私はこの記事をご覧の通り大晦日の19時という、とんでもないタイミングに書いております。
このまま橘さん山下さんと共に年を越してしまうのか?私!(涙)
皆様もですね、うちのダイナマイトボンバー橘キャプテンと、頭の小ささでは誰にも負けない山下バイスキャプテンと共に1年の終わりと新しい1年の始まりを迎えましょう!!(涙)


さて、話は番組に戻ります。


村上アナ「ところで、このフラーテルというチームは、チーム丸ごとが日本代表、というすごいチームなんですね!お二人ももちろん日本代表としてご活躍されているわけですが、どうですか、日本代表の活動は。やはり世界の壁は厚い、と感じますか?」

橘「あと1回勝てば・・・のところで負ける、順位決定戦に弱いんです。実力が互角でも、気持ちの上で相手の方が勝ることがある気がします・・・。」



村上アナ「僕ねホッケーは見れば見るほどめちゃくちゃ面白いスポーツだと思うんですよ!あの、棒状のスティックを持って、そしてスピードも速い。アレはどのぐらいの重さなんですか、スティックは。」
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私(心の中で)えっあれって何グラム?それ分からないわーどうしよ、学。

山下「500gです」

村上アナ「500gですか、持って走っていると、風の抵抗が・・・」

山下「風を・・・受けますね(笑)疲れてくると重く感じるんです」


山下バイスがいい~コメントをしております!
だがコメントの良さとは裏腹に
微妙に落ち着かず、私「ね、眠いのか?学!」

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村上アナ「お二人はいつ頃からホッケーを?」

橘「小4です。」

山下「小4です。」

村上アナ「やっぱりスポーツ少年団ですか。私の頃はスポーツ少年団なんかなかったから、今の子供たちにとってその存在は大きいですね!ホッケーをして、ハマりましたか?(笑)」

橘「ハマりましたねーもうのめりこんでました。」

山下「僕は・・・サッカーをしていたんですが、サッカーはチーム数も多くて。でもホッケーならチーム数が少ないから頑張れば勝てる、って(笑)」

村上アナ「勝負にこだわる、ですか。」

山下「そうですね、僕はもう勝負にこだわっていました。負けたら悔しくて悔しくて、泣いていました。帰ってもまだ泣いていました」

村上アナ「熱いんだ!山下さん!」

山下「えへ!」


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今日の学、なんかカッコイイ!!!!
前回とは別な人じゃないか!
中に誰か入ってるんじゃないかというぐらいに、ちゃんと自分の言葉で
チームの気持ちやみんなの気持ち、そして自分の思いを伝えられている。


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学は良平(川上良平選手)と同期で入部してきた。

ヒョロっとしているのか体型がいいのか分からない感じの不思議な風貌だった。
そして、学生時代から育成枠で来ていた良平と違い、チームに慣れるまで時間が掛かった。
話しかけても、緊張してあまり笑わない、真面目な性格が伝わってきた。
しかしフタを開けてみると、その第一印象のガチガチな感じとは違い
大変な負けず嫌い、どうしてなかなか骨太の勝負魂を持っている選手だった。
それでも1年目は自分のホッケーが出来ず、試合にもあまり出られず、
試合が終わった後にお疲れ様、と声を掛けると、「いえ自分は何にもしてないんで。」
とスタスタ行ってしまったこともある。あれはチームが勝ったのに自分はその勝ちに
少しも絡んでいないことを恥じて、そして悔しくて、苛立っていたからなのだろう。
スタープレーヤーの中で一生懸命背伸びをしながら、自分の場所を探してきたマナブ
五輪予選代表の座を射止めたことは、「奇跡だった」と言う人がいるかもしれないけれど
それは違う。同期の良平という本当に素晴らしいライバルに巡り合い、切磋琢磨し
どうしても埋まらない先輩たちとの、どうにもならない経験の壁に泣きながら、
学は確実に強くなっていった。
フラーテルではうまくなるのは早い。簡単、とは言わないけれど一気にうまくなっていく。
けれど強くなることはとても難しい。時には強くなれないまま去る選手もいるのだった。
学は一人暮らしの部屋で、よく自分でメニューを考えて食事を作っていた。
会うたび、何を食べるのがいいのか、一人で作れる料理を教えて欲しい、と聞いた。
それを笑う人もいたけれど私は少しも可笑しいと思いませんでした。
学は自分の出来なさをよく分かっていた。だから見えないところでじっと下働きをして
チームを支えながら、更に見えないところで自分を少しずつ育てていたのだ。
そうでなければ今の学はいなかったと思う。本当に殻が割れたように強くなった。
昔と今とはチームの雰囲気も違う。特に代表では、今のような単一チームの構成ではなく
ベテランでも簡単に選考漏れする時代があった。ついこの前までそうだった。
学はその中で生き抜いた選手だから、こういう選手がバイスキャプテンとして選ばれるのは
本当に価値がある。フラーテルのチームの目は節穴ではないのだった。
同期の学と良平という選手は、フラーテルにとって日本代表にとって
恐らく特別な意味を持つ、いわば最後のDNAを受け継ぐ代なのだと私は思っています。


敏郎に初めて会ったのは、幹部も揃っての食事会のときだった。
ちょうどその時予期せぬ勇退者が出たこともあり、席は騒然としていた。
偶然、私の正面に座ったのが敏郎で、何が起きたのか分からない表情で、
キョトーンとしながら座っていた。今の敏郎からは想像も出来ないけれど
その時の敏郎は少し、自信なさげで不安な顔をしていた。
私はその理由がすぐに分かった。まだ体を作るのに相当長い時間が掛かりそうだ、
それは誰もが感じたであろうことだった。
実際、チームに合流してからの敏郎は暴れたい気持ちに体がついていかず、
その理不尽なギャップに苦しんでいた。
けれど私は入部したその日から敏郎をイチオシ。だって、もう私には見えていました。
確実にいい選手になるにおいがした!そして春が過ぎて夏が過ぎ、
さなぎが蝶になるが如くとはこういうことを言うのだろう、敏郎が全開モードに入ってきた。
だけどまだ私は気に入らない。ツボさん(坪内一浩選手)とパスしながらサークルイン
それでここは敏郎だろう!!というところでもう一度ツボさんにパスしてしまう、
ツボさんと話していたときもツボさんも同じことを言っていた。
自分で行け言うとるのにあいつ何で行かへんのや、コースはそっちやろ、
私もそれは思った。だからGSで日本リーグの試合があるときは、スタンドではなく
一番下まで降りて、それをじーっと見てた。なるべく近くで敏郎のプレーを見たいと思った。
すると敏郎は、打てる!という瞬間に打つ代わりにツボさんの顔を見るのだった。
ツボさんがウン!と頷くと敏郎が打つ、そんなシーンを見た、なるほど!って思った。
逆だったんだ。今度は逆だったんだ。プレーと体が完全に同期して、完成した敏郎
それを出していいのかな?という迷いだったんだ。
「遠慮すんな!」とでも言われたのだろうか?
敏郎はやがて面白いように得点を重ねていった。ツボ×敏郎 リュウ×敏郎
私は当然2年連続イシオシ 敏郎がそれを「嬉しかった、本当にありがとう」と笑ったその年
私はいろいろな人に「ね、だから言ったでしょう、イチオシだと!」と誇らしく胸を張った。


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試合のある日も1日
ない日も1日
休んでいても1日
走っていても1日
寝ていても1日
泣いていても1日
腐っていても1日
飲んで暴れていても1日


そう みんな同じ1日


ホッケーが日本にやってきて100年という
日本ホッケー協会は歴史ある組織なのだという
フラーテルも表示灯時代からはや30年
フラーテルだってもう8年

だけど

選手生命は短い
あっという間に現役時代は過ぎていく
1日1日が黄金のように輝く瞬間
誰もそれを止めたり 邪魔をしたりして欲しくないと
心から 本当に心から願うし それだけをいつも祈っている
回り続ける高速回転のエンジンがだんだんに静かになっていく日が
誰にでも必ず来るのだから、今はただそのまま走り続けて欲しい
誰もそれを止めないでほしいと、本当にそれだけを願う
遠くへ、遠くへ、もっと遠くもっと高く 行きたいはずなんだ
だからその背中をどれだけ押していけるのか
立ち止まったり悩んだり、もうだめだと思う瞬間に
誰がその背中を押していけるのか
一人一人の選手に それぞれの思いとそれぞれのドラマがあり
それをどれだけの人たちと共有していけるのだろうか

今しかない、今しかないんだ、今しかない今しかないんだ

うわごとのように繰り返す言葉
1年、2年、もう8年が過ぎるよ。
でもその8年の間に、いろいろな人とこの言葉を共有できた。
そう、今しかない、今この瞬間しかないのだ、選手も応援する方も
来年も再来年もない もしかしたら明日もない 今しかないのだ
何をどう考えようと、今しかない。明日は今の向こう側にしかないのだ。

私はホッケーをしたことがない ホッケーを知らない
でもこうしていろいろなことを伝えていくことで
小さな手なのだけれど、また来年も・・選手の背中を少しだけ押していきたい

と思う、この年の瀬。



選手を応援してくれる多くの皆様に、この場をお借りして
本当に心から
心からのお礼を申し上げます。
今年も、フラーテルのこの1年間を支えていただいた。
私も支えられました。本当にありがとうございます。
あの山梨学院スタジアムで絶叫の中、失ったあのタイトルが
とうとう、ついに4年の歳月を経て、ここに戻ってきました。
選手が軽々と片手で持ち上げるトロフィー 風に飛んでいってしまいそうな表彰状
しかし何という重さなのだろう 誰も背負いきれないほどの重さ
軽々と キャプテン バイスキャプテンの手に収まって
今年も1年が暮れていく。




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by fraterkouhou | 2013-12-31 19:09 | ホッケー

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