岩手町にて(2)葬儀の備忘録

忘れないうちに書いておこうと思う、この広報日記は私の覚え書きメモを兼ねているので。
不謹慎と思われるかもしれませんが私の中では理にかなっています。


岩手の、と言うべきなのか、岩手町の、と言うべきなのか、はたまた沼宮内の、と言うべきなのか
名古屋生まれ名古屋育ちの私には良く分からない。
けれどここでの葬儀の流れは、名古屋のそれとは決定的根本的に違う部分がある。

それは、通夜も葬儀も飛ばしていきなり「火葬」なのでした。

普通は・・・というか、名古屋では
1.通夜
2.葬儀
3.火葬
の順である。少なくとも自分の認識ではそうだ。

ここでは
1.火葬
2.通夜
3.葬儀

のようであります。

日柄の関係で友引をはさんだ為通夜的なものが火葬の前と葬儀の前にあり
1.通夜(ご遺体あり)
2.火葬
3.通夜(お骨)
4.葬儀
というようにも見えた。

正式にどれが通夜なのか私には良く分からなかった、これは後から確認しようと思うのだけど
結局、自分の常識の中では「ご遺体を守って夜を明かしそこに弔問客が」というのが通夜なので、よく分からないのだった。


順序は違うけれど、火葬の前後のアクションは名古屋のそれとあまり変わらない。
・親族が集まる
・バスで火葬場に移動
・お別れの儀式
・出棺
・火葬(待機)
・弔問客が会葬←ここは違う
・バスで移動
・戻ってそこから通夜←驚

名古屋では、親族でない人たちは通夜もしくは葬儀への会葬が一般的で
火葬についていく人は親族を除けば特別親しかった人や特に望む人だけであることが多く、どちらかというと赤の他人は出棺までで解散という感じである。(つまり、赤の他人は火葬場には行かない。逆に大して親しくもない人が火葬にまでついていくのは親族に負担をかけるだけなのであまり推奨されない)

親族のみで執り行う部分、と赤の他人と共有する部分、とが名古屋の場合と大きく違うのだと知った。


流れを追っていくと(親族の場合)

1・到着、お参り&お顔を見て故人に対面(ご遺体あり)

2.その夜は親族が線香と灯明を絶やさず寝ずの番
他人(親族以外の弔問客)は基本的に来ないものの、私の中の通夜にとりあえず近い。通夜だと思う。

3・翌日午後、決まった時間に親族が集合、最後のお別れ
(1)末期の水を小さく切った半紙につけて故人の唇を濡らす
このとき、喪主からスタートなのですが、喪主の次に「火葬場で受付をする人」が「時間の関係で」(←?)先にお別れをする。(←謎でした、後から理由が判明)
(2)縁の濃い順にお花を入れてお別れ
(3)最後にみんなでもう一度お別れ

4.出棺 
(1)女子供は外に出るように指示がある
(2)男性8人が室内と屋外に分かれ、室内の8人がお棺を外に出し、屋外の8人がそれを霊柩車に入れる。
親族は続々とバスに乗る
(3)霊柩車を先頭にバスと連なって火葬場を目指す。バスは故人のゆかりの場所を経由する。(←後述)

5.火葬
(1)霊柩車とバスが到着、既に受付が開始されており、弔問客が集まっている。←驚。だから受付担当親族のお別れが先だったのか!
(2)お坊さんが読経(←私がお坊さんを見たのはこの時がはじめて。)
(3)棺が奥に運ばれ準備が始まる。親族・弔問客は控室でしばし待ち。
(4)準備が出来たと呼ばれ、棺の前に集合←弔問客も一緒。
(5)火入れ←その間にも弔問客が訪れる。たぶん、弔問客はこの段階まで?
(6)喪主含む親族は出口に並んで弔問客に会葬御礼の挨拶

6.お骨
(1)火葬が終わり、再度集合←親族のみ?
(2)お骨を拾う。喪主含む3人が最初に拾う。後は4人が同時に3回ずつ。
(3)拾った骨を喪主含む7人で箱に入れる。骨壷はなく白木の箱にそのまま直に入れる。←驚
(4)後半は7人以外の親族も参加。
(5)喪主含む最初の3人で特別な3つの骨を入れる
(6)箱の中に皆で小銭を入れる。
(7)白木の箱を白布で包んでタテ結びで縛る

7.通夜
(1)お骨と共に親族がバスで自宅に戻ってくる。
(2)お坊さん到着、読経
(3)焼香開始 但し焼香台に行くのではなく焼香台が手送りで回ってくる!
(4)焼香終了
(5)読経終了
(6)盛大な会食にて〆メ

8.翌日は友引にて1日あき。
通夜に近い感じのことをする。
明日は葬儀。

9.葬儀
(1)自宅に親族が集合
(2)喪主はじめ縁の濃い親族がお骨、遺影、御位牌その他規定のアイテムを持ち最前列に乗って親族がお寺までバス移動。
(3)お寺到着。本堂に向かい合う形でそれはそれは豪華な美しい華祭壇が設けられている。昨日まで自宅にあった祭壇がお寺に移設されているのだ。親族が着席。
(4)弔問客が着席。親族と弔問客は本堂を挟んで向き合う。
(5)読経終了
(6)縁の濃い親族がお別れの言葉。孫とひ孫により感動的な作文が読まれ涙を誘った。
(7)喪主による弔問客への会葬御礼挨拶
(8)終了

先程まで親族によって大切に大切に扱われていたお骨、遺影、御位牌などが向かい側の本堂に葬儀スタッフの手で慌ただしく移設され焼香台が設置される。

最近では一般的になってきた「親族が集まっているうちに一気に初七日法要までやりきる」パターンだ。


初七日法要
(1)読経
(2)親族焼香←親族しかいない
(3)終了

納骨
(1)お骨を先祖代々のお墓に運ぶ
(2)米や果物を用いた儀式的なものが行われる
(3)お骨の入った白木の箱にまたしても小銭を入れる。
(4)白木の箱からお墓にお骨を流し込んで納骨
(5)納骨終了、この納骨に関する一連のアクションは葬儀スタッフが指揮しており、お坊さんの姿は見なかった。

会食
(1)お寺の中の宴席に場を移し、盛大な食事会が執り行われる。席順は席札により決められている。
直系、外戚、分家、遠縁、孫、ひ孫などなどルールがあるようですが私には分からなかった。
(2)席の後ろに結婚式でいうところの「引き出物」的な品が山積みされている。席札をそこに置いて着席するのは結婚式と同じ儀礼。
(3)喪主の挨拶
(4)会食開始
(5)〆メはなく流れ解散←驚
(6)本当に身近な親族(いわゆる同居の家族レベル)だけで帰宅

初七日まで
(1)祭壇の設置。小さな机に小さな祭壇を作る。お骨はないので遺影がメイン。
(2)オフィシャルな初七日は先の会食にて終了しているが、自宅には依然として弔問客の訪問者が絶えない。喪主が応接。
(3)真の初七日までこれが続く。




故人宅から火葬場に向かう道は決して遠くなく、ある意味一直線に近かった。
しかしバスは火葬場に直行することなく、霊柩車の後ろをついて大きく遠回りしていった。

故人が生まれた家
通った道
縁ある場所 風景
愛した畑や田


バスはその場所に着くと静止に近いぐらいゆっくりと走る。
前の霊柩車も同じだ。
バスの車内では
「ああここは・・・・だね!」
「ここでは・・・・・こんなことがあった!」
と風景と場所と故人を結びつける記憶をみなが口々に話している。
まるで何か断片的な記憶を持ち寄って一つの完全な物語に完成させようとしている作業のようだ。

故人もこれら思い出の場所を通るのはこれが最後である。
そういえば、バスが自宅を出発し通りに出た時、ご近所の皆様が普段着のまま玄関先に出て手を合わせてバスを見送っていた。出棺の時間に合わせて車椅子を駐車場まで出し寒い中待っていてくれた人もあった。

私は大きく目を見開いて、いろんなものを見てる。
その土地により冠婚葬祭の風習はさまざまで、どれも正しい。


日本における葬儀の、大きな大きな曲がり角は過去に2度あった、と思う。
1度目は土葬から火葬へ 
2度目は自宅ではなく葬祭会場での葬儀

日本中の市町村、島などわが町に伝わる伝統的な葬儀は多数のアレンジを経由して(?)
おおむね今の形に落ち着いているものだと思う、

そもそも我が国の葬礼の基本は土葬。
火葬は仏教の伝来とともに広がった風習であると言われます。

後からいろいろな文献や風土記で調べてみましたところ…


今回のような「まず火葬ありきで長期間に渡り喪を維持する」という、いわゆる「骨葬」は、東北や四国、九州でも多く見られるらしい。

理由は分かりやすくて
山深い村や海で隔てられた地域などは元々交通機関というか道があまりなく、天候や季節によっては「本当に来るべき人が弔いに間に合わない」という状況が起こり得る。

雪や台風、海が荒れて船が出なかったり足の弱い女や年寄り、ご遺体のままではその到着を待てなかったのだろう。嫁に行った娘、故人の兄弟、時には出稼ぎ中の息子や父、最もその弔いに来るべき人々など。
ここに「まず火葬ありき」という「骨葬」の意味がある。

事実、私たち名古屋人が考える「名古屋的な普通」に比べ、「弔い」の時間は長かった。火葬されるまでに弔問するのが名古屋では一般的だが、ここでは火葬からが弔問のスタートなのだった。



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by fraterkouhou | 2013-03-28 09:59 | つぶやき

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