日本代表スケジュール、次はドーハ!

お疲れ様!日本代表!

1週間のお休みをいただいておりました。(当広報日記的には。)
日本代表の活躍ぶりはJHA公式サイトにて十二分にご確認いただけたものと思います!


ちょうど出発した日から金曜日まで猛烈なハードスケジュールで寝る時間もナシなことになっておりまして、広報日記的にはお休みでしたが私にとってはこの1年でもっとも忙しい1週間でした。

さて日本代表の次のスケジュールはカタールのドーハへの遠征です。
詳しいスケジュールを書いておきます。

12月03日~06日 日本代表移動日(アルゼンチン→日本)
12月08日(土) 全日本選手権(埼玉)移動
12月09日(日) 全日本選手権(埼玉)vs立命館大(NHK中継あり)
12月11日(火)~16日(日) 日本代表合宿(岐阜)
12月17日(月) 日本代表移動日(日本→カタール)
12月18日(火)~19日(水) カタール合宿
12月20日(木)~27日(木) アジアチャンピオンズトロフィー大会出場
12月28日(金)~29日(土) 移動日


アルゼンチンから日本に帰ってくるのにありえない時間が掛かるのね!
赤道越えて南半球だし日本の裏側だし、もう何がなんだか!!
で、アルゼンチン→埼玉→カタールなのだった。
カタールの往路は1日だけど復路は2日、またしても日付変更線を越えまくるのだ。

だいたいねこの前の全日本選手権の予選大会の時もわたくしナニソレと思った!
だって埼玉にいるのに名古屋に1回帰ってまた翌日成田に戻るんだよ、24時間以内に。

私「そのまま行けばいいジャン!!!」
選手「あほか死んじゃうよ!」

みたいな感じ?

分かりやすく書いてみますかね?

名古屋

埼玉(全日本選手権予選)

名古屋

成田

アルゼンチン
↓←←←←いまここ
成田

名古屋

埼玉

名古屋

成田

カタール

成田

名古屋


私「もうめんどくさい!埼玉の全日本選手権終わったらそのまま成田からカタール行けばいいジャン!!」
選手「あほか死んじゃうわ!」
私「いっそのことさあ、成田空港のご近所にホッケーグランドと合宿所を作ってもらってそこに全員住めばいいよ!!どこ行くにも楽だよ!」


いいですか皆さん
マイチームと日本代表を両立させるって凄いことなんですよ。


時空を超えてる(実際に超えてる!)


選手たち「何がなんだか分からない、今日はいったい何日なの?いま何時?家に着くと何時なの?」
私「知らん!知らん!」


私も曜日も時間もめちゃくちゃな1週間を過ごしていました。


どうでもいいことですけど私の1週間は
1日目 猛烈執筆 睡眠なし 年末締切その1
2日目 猛烈執筆 睡眠+食事で2時間 年末締切その2
3日目 猛烈執筆 睡眠+食事で2時間 年末締切その3
4日目 睡眠のみ 食事も食べず24時間寝た。
5日目 京都取材 日本一混んでいる嵯峨嵐山で死亡。
6日目 名古屋で現場 意識不明
7日目 猛烈執筆 睡眠2時間 年末締切その4
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8日目 (おととい)オフ 浜松でうなぎを爆食
9日目 (きのう)名古屋で現場


5時間に1回目覚ましを鳴らし(自分の生存確認用)
30分間食事または睡眠を取り5.5時間を1セットにして1日を6時間×4セットに割り、
12セット(まる3日間)やって24時間寝る、というのが年末の締切り体制でございます。

もはや人の暮らしではないな・・・・
秋口ぐらいから月の1/3遠征していますとね、仕事を圧縮しまくらないと片付けられないのだ。
1日で2.5日分ぐらいの量を消化しないと明日が来ないのですね。
これを7年もやってますと、もう24時制の中では生きられず、ここに日本代表の8時間だ12時間だという時差が入り込んできたりするんですね。

ああ、ドーハは8時間だっけ、時差。
またドーハに行くんだ、あのドーハに。

前回のドーハはアジア大会でした。
その開会式の夜、私は某所で酒を飲んで開会を祝してました、OBの先輩たちと。
その席にいて先輩たちに

オマエはなんでこんなところにいるんだ
オマエはこんなとこにいる人間じゃない
オマエは与えられた才能の限りやるべきことをするんだ!


と言われていたのが当時療養中につき休部していた古里竜二選手ですね。


今も昨日のことのようだ!

毎日ドーハに応援FAXを送っていました。
8時間の時差を越えて毎日毎日、寝る暇もなしだったな。
毎日毎日日本中の選手母校から応援FAXを貰って、それを試合の1.5時間前までにドーハに送るのです。
折り返し試合結果と翻訳記事を母校に送り、試合中は掲示板で実況してました。


あれはねえうちの弟がまだ欧州に駐在してたときで、姉ちゃんいつ寝てるんだと国際電話してきた(苦笑)
でも翻訳手伝ってくれたんだよね。
そして何故だか大会が終わった翌日日本代表の情報を勝手に出しちゃダメだと叱られた。でも誰も代わりにやってくれる人もいないし情報ゼロだから私が公式にやりますって言ったのが日本代表の広報をやったきっかけだったんだっけ。もういったいいつのことなんだ?あれから何年?


広報日記を本格的に始めるきっかけになったのもドーハだったなー。


いまはJHAでも毎日立派な記事を書いてもらい、試合結果も届く。
応援してくれているみんなのおかげ、その声が届いて日本代表の活躍はいま私たちにちゃんと届くようになり、ファンの一人としてとてもうれしい。

がんばっているその姿を、誰にも知られないじゃ悲しい!
知りたい人がうろうろして集まってきているのに何もしないでいられなかったんだよね。

忘れられないのは
アジア大会の選手村の部屋には日本中の人から貰った寄せ書きの日の丸が張り出され
選手がその日の丸の写真とそれを触ってから試合に行くのだと言う文面を送ってくれたこと。


あのドーハに
また行くんですね。


胸の奥がじりじりと燃える感じがする。
砂嵐の中にそびえたつ、文字通り砂上の楼閣のような、
あのドーハのスタジアム
あれは夢でも幻でもなく今もあるんだ。

あの時多分初めて書いた言葉をもう一度


スティック1本持って世界中へ行って帰ってこなくていいよ!
遠く離れれば離れるほど夢に近づいているんだ
旅をするたび強くなり、旅がみんなを育ててくれる
日の丸をつかんだその手を絶対に離してはダメ!!!!
世界はその日の丸の向こうに繋がっているよ!!!

どうかひとつでも多くの選手の夢がひとつでも多くかなうよう
本当にそれだけ それだけをいつもいつも祈っているよ
そして私はみんなの戦いを心と記憶に刻んで
死ぬまで語り続けるよ、誰がどんなだったかをいつ誰に聞かれてもすぐに答えられる
その記憶をこうして文字に刻んでおくよ、それは永久にネットの海を泳いで旅を続けるよ。




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▼名古屋フラーテルホッケーチーム公式サイトはこちら
http://www.frater.or.jp/

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by fraterkouhou | 2012-12-03 11:41 | ホッケー

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