旅から旅へ

毎日違う顔に出会う
町から町へと
噛み締めてる間もないほどに…

という歌がありましたけど(旅姿六人衆、だったかな。)

私の尊敬する、またお世話になっている、師事している先生がある大学にいらっしゃって都内在住なんだけど関東にはいやというほど出張しているのになかなかお会いする機会がない。

亡くなった親友に紹介され、その先生の考えに共感するところがあり、自分もまた教えを受けていたのだった。

今は、亡き親友の遺志を継ぐという意味もあって、文字通り万事を繰り合わせてその先生の講演や集まり、お呼び出しには出掛けているのでした。

今回一週間近く目と鼻の先にいながらご連絡もできず、私が来ていることを知っていて電話をいただいていたのだけどタイミングが合わなくてお話もできず、明日帰るぞという今夜やっとお話ができた。

まあ今回の遠征も含め、おおよそ出張的なものってプライベートな時間はあまりなく、行動もソロ活動じゃない場合が殆どで、夜の夜中までガッチリ予定が詰まっていたり、観光の要素はほとんどないのだよね、関東に限らず。

で、その先生が
ホッケーの大会で来ています、と話したら、僕に何かできることはないかな?と言われる。

学生に声をかけて観戦に行かせるとか?

いえいえ先生それは申し訳なくて慎んで辞退します。

では伝統ある大会が開催されていること、9年連続25回目という途方もない目標に向かっているチームがあること、彼らの殆どが日本代表として五輪出場を目指して闘い続けていること

それらを僕は明日、僕の授業の中で学生たちに説明しよう。
僕の授業なんかよりその話の方が学生にとっては人生の糧になるし、長い人生の中でいつ何時にそれが役に立つかもしれない、思い出す瞬間がいつかあるだろう。

知識とはバリエーションと量であり、信頼できる筋からならクオリティが保たれる。

貴重な情報をありがとう、優勝の暁には必ず知らせてほしいし、この先のタイトルの行方なども知りたい、学生たちにそのたびごとに話して、僕の教え子の一人である君が一生懸命に取り組んでいることを今大学で学んでいる学生たちに話して話題を共有していこう、

と言ってくださったのだった。

思うに、真に尊敬に値する人は大抵の場合おごったり見下したりすることなく向き合って真剣に話を聞いてくれたり価値観の共有化を図ろうと努力する度量がある。

多忙極まる日々に身を置いておられるに違いない先生が、電話の向こうで熱心にメモを取る様子は、何か自分に欠けているものを思い出させたし、なぜ自分が、亡き親友が、なぜこの先生に魅力を感じたのかということを改めて確認できた気がする。

人生はきっと自分が思うよりずっと長いか、或いはずっと短いかのどちらかであり、ちょうどいい具合の長さの人生なんかないに違いない。

思ったより短すぎた親友の人生と、思ったより長そうな自分の人生は、後々足して二で割るとちょうどいいぐらいになるのかも知れない。

親友は去ったけれど彼女の尊敬していた先生がこうして私を気にかけ、私の大切に思っていることや私が頑張っている物事について理解しようとしてくれている。

私は大学を卒業してかなりの歳月が過ぎているけれど、もしこの先また大学で学ぶ機会があるならばこの先生のいる大学に入りたい。

知識とはバリエーションなのだという言葉は胸に響いたなあ。
バリエーションというキーワードがすぐにペナルティコーナーに直結してしまうのはホッケーの遠征中だからしょうがない!(笑)自分で自分を許すわ(笑)

あれがないこれがない
と嘆くよりも、いまあるものに感謝する人生でありたい。

だけど欲張りな気持ちも捨てないよ、そうじゃないと楽しくないからね。
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by fraterkouhou | 2012-09-18 20:45 | つぶやき

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