assemble(アッセンブル)

お願いした以上はその結果に対してお願いした自分が責任を負うことは当たり前であり
結果を良くするために一番の相談相手になり共に取り組んでいかなければならない
と常々私は思うわけです。

実践できているかどうか、については自己評価ではなく他人の評価に依存しなければいけないと考えます。
(大抵の場合、真の実力は自分が考えているよりずっと高いか、或いはずっと低いかのどちらかであり、自己評価で高得点をつけたところとは全く別な部分に他人は高評価をつけるものです。)

一つの視点としてアッセンブル(つなぎ目)をどう処理するか、は重要。
何事も多くの人が関わると(広い意味でのチーム)少なからず担当制になるのは当然です。
その方が合理的であるし、またイヤイヤやるより自分で進んでやる方がずっといい、という部分もあり。
もっと言えば仮にイヤイヤであろうと、他人から見て能力が高いと思われる分野を分担するなど
組織として動くときには能力・適正・本人の希望・組織としての計画・配置、などがある。
最終的にはどの角度から見ても同じ目標に向かう「円錐」のようになっているのが望ましい。

円錐、ならば滑らで見通しも良いけれど、往々にして組織は三角錐や四角錘になっている。
自分の面だけ見渡しているので隣接する面や対向面のことは見えていない。
最も問題だと思うのは、面と面を繋いでいる部分。アウトラインの線の部分。
つまりアッセンブルの部分なのですが・・・・・

「そこまで自分だとは思わなかった。」
「隣がやると思った。」

ということに陥りやすい。
だからと言って野球で言うところのファーストがサードまでボールを取りに来るのは無謀だし
センターがいちいちキャッチャーの守備範囲まで出てくるのは非現実的!
ホッケーで言えばGKがセンターラインを超えてFWのパスに参加しようと突撃してくるようなもので
そんなのはGKとは言えないし、そんなことをしたら

「お前はここに来る前にお前の仕事をしろよ!」
「本当にFWがやりたいなら練習からFWやれよ」
「それ以前に監督に相談しろ!試合でいきなりFWになろうとするな!」

というバカバカしくも当たり前のことを言われるのに違いないのです。
(極端な例外はあるかも知れませんが、この場合はそんな例外は除いて、の話。)

イチローvsダルビッシュ の対戦を見ながら思ったんですが
イチローという選手の何が凄いか、というと、アッセンブルが広い!しかも適切!
(この場合のアッセンブルは守備範囲、ということになりますが。)
イチローは邪魔をしないのです。けれど確実に守ります。
だからといってレフトやライトまで行くわけではない。
非常にセンスのある守備です。

大抵の人は、「言ったもん負け」を恐れるので、問題があっても口にしない。
安全圏に身を置いて、火の粉が掛からないところから「どうなったかな・・・?」と見ている。
そして観察しながらアレコレ言うのです。

だいたいね、
いろいろ言う人はいろいろ言うだけで、本当に言うだけで、何もしないわけですよ。
踏み込んで行動する人は大きなリスクを背負うことが多いけれど
言行一致は社会のどのシーンにおいても(それが悪事でない限り)信頼の証です。

話は戻りますが
アッセンブルゾーンが常に手付かずで放置されている組織はよい組織であるとはいえないけれど
アッセンブルゾーンを常に同じ人が走り回って処理しているのもまたいびつな組織。
向こう側も隣も見えない四角錘の状態です。

スポーツの世界でもチームビルディングというのは重要課題ですが、私たちの世界でもプロジェクトの構築というのは物事の成功を左右する重要な課題です。
殊にビジネスの世界では予算を取り合う競合関係からスタートすることも多く、それらを乗り越えて同じチームでやると決まった以上は目標を自分の守備範囲の成功だけに置くのではなく、全体の成功に目線をUPしなければならないのです。

これは実際にあったことですが、例を挙げると
ある講師がある百貨店でイベントに呼ばれて何か手芸品を作る教室をやるとします。
百貨店はそれを集客や購買に結び付けたいのですが、講師は自分のことしか見えていないため知名度の向上や自分のMY教室への誘導を第一に考え、著書のPRや教室の説明ばかりしているとします。
百貨店としては非常に不満が残ります。講師は満足でしょう。
そこでキャスティングをした会社がこういいます。「あの先生が悪い、あんなことを考えているとは知らなかった。」
でも私はそれを聞いて「違うなあ」と思った。
そういう先生を呼んできたキャスティングの責任であり、また百貨店に対しても講師の先生が望むプロモーションに対する理解を得ておくべきなのです。

多分こうだろう、と思っている中身はお互い違うものなので、面倒でもいちいち確認をして考えを分かり合っておく必要がある。
美の意識や物事に対する価値観、重要性の認識は驚くほど個人差があるので!
時間に対して非常にシビアな人もいれば、数分の遅れなどなんとも思わない人もいる。
汚れた机で手を洗わずに食事が出来る人もいれば、言語道断と激怒する人もいる。
そんなバラバラの思考の人々が集まって組織やチームを構成していくのですから本当に難しいと思う。

いっぱいいっぱいの人はアッセンブルゾーンどころか自分の守備範囲すら見えていない。
あーあそこ、やり残されてるなあ、穴になっているなあ
と見える人はまだマシなのです。

逃げないこと、前向きであること、結果に対する責任を持つこと、
強い信念と目的意識を持つこと、それが独りよがりにならないよう組織としての温度差を埋めること
何度もフィードバックし、シミュレーションを繰り返し、パターンやブランチを無数に考える。
どれだけのパターンに対応できるかが成功への大きな条件になる。
どうにかなるだろうという考えが一番いけなくて、大抵はどうにもならないのだ。

自分たちの世代の多くは大小はともかく組織のリーダーになっている人ばかりです。
友人達の苦悩はそのまま自分の苦悩でもあり、喜びは共有できる。
自分もそういう年齢になったのだなあと痛感しながら、誰の視界にも入らない、でも重要なアッセンブルゾーンがまだ残されているのではないかと、自分で書いた設計プランを何百回も見直す。
すると、気づくと例のメルマガがチャリーンと届き、ウワッ朝になってしまった!!!
とビックリするのでした。

例のメルマガ、とは私が15年間毎朝必ず読んでいるもので、朝5時に届く。
ちなみに今朝はこういう内容。


『悪いところがまったくない良い人などいません。また、良い所がまったくない悪い人もいません。』
人間とは複雑な生きものです。
宗教的な書物や文学作品の多くは、私たちの心の中で行われている「善と悪の葛藤」に基づいて書かれています。この「心の葛藤」は人間の歴史が始まった時から存在します。
私たちは、自分自身の心の中の葛藤に気づいているにもかかわらず、他人のことはとかくすぐに非難しがちです。しかし、心理学者によると、この世に“ 悪い人 ”というものはなく、ただ悪い行動が存在するだけなのだそうです。
あなた自身の中に、そして他人の中に、必ず良いところを見い出すようにしましょう。良いところを育て、悪いところは改善するように心掛けましょう。

昨日はこれ。
『お金は、その持ち主の品性次第で、良いものにも悪いものにもなります』
お金には、品性もパースナリティも価値観もありません。お金の働きは、その持ち主の欲望を反映するだけです。
お金で立派な病院や学校を建設することができれば、ギャンブルで失ったり、無意味な財産のために浪費することもできます。
また、素晴らしい美術品を陳列する美術館や、信仰のための美しい建物を建てることができる一方、戦争や破壊のための道具を作るために使うこともできます。

自分の財産を築くだけでなく、必ずあなたの収入の一部を他の人々の援助に費やすような人物になりましょう。教会でもチャリティーでも、つまり、あなたが熱心に支援できる目的を一つ選びましょう。そしてあなたのお金と時間を、その目的のために捧げてください。
このような気高い行動によって第一に恩恵を受けるのは、受け取る側ではなく、与える側の人間なのです。


自分はまだまだだなあと本当に心からそう思います。


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by fraterkouhou | 2012-05-23 02:40 | つぶやき

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